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東京地方裁判所 昭和34年(行)68号 判決 1966年7月01日

原告 田中弘巳 外五二七名

被告 国

訴訟代理人 岡本元夫 外二名

主文

原告等の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告等の負担とする。

事実

第一、当事者の申立てた裁判

原告等は、「被告は原告等に対しそれぞれ別紙(一)「合計減額額」欄記載の各金銭と、これに対する昭和三一年七月一日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金銭とを支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告は、主文同旨の判決を求めた。

第二、請求原因

一、原告等は、昭和三一年三月から現在迄、いずれも運輸省港湾建設局職員であつて、別紙当事者目録のうち、番号1ないし44は同省第四港湾建設局下関港工事事務所に、同45ないし108は同局下関機械工場工事事務所に、同109ないし211は同局博多港工事事務所に、同212ないし280は、同局苅田港工事事務所に、同281ないし294は同局佐世保港工事事務所に、同295ないし307は同局門司港工事事務所に、同308ないし355は同局別府港工事事務所に、同356ないし384は同局小倉港工事事務所に、同385ないし528は同局洞海湾工事事務所に、それぞれ勤務しているものである。

二、運輸省港湾建設局の職員については、同職員を以て組織する運輸省全港湾建設局労働組合(組合員約四、四〇〇名。以下単に組合という。)があり、原告等は、昭和三一年三月当時いずれもその組合員であつたものである。

三、組合は、昭和三一年二月二五日運輸大臣に対し、賃金値上げ等の件で交渉を申入れ、再三再四交渉を重ねてきたが、組合の納得できる回答がないため、組合は同年三月一二日傘下組合員に対し、翌一三日から一五日迄の間に、組合の集会を開いたり政府が賃金値上げをしない措置について討議すること、あるいは賃金値上げ要求拒否が不当であることを広く公衆に訴えること、等等について国家公務員法上許容された活動を為すべきことを指示した。

四、原告等は、右の指示を受けたので、各自の年次有給休暇を右活動のために当てようと考えて、それぞれ所属機関の長である工事事務所長又は工場長に対し別紙(一)の「年月日」欄記載の各年月日につき年次有給休暇を請求した上、当該期日にそれぞれ勤務場所に出勤しなかつた。

五、ところが被告は、原告等の右欠勤を無断欠勤であるとして、別紙(一)の「カツト額」欄記載の右該当日の賃金を支払わず、且つ同表の「夏期減額額」欄記載の昭和三一年度夏期勤勉手当を支払わなかつた。

よつて、原告等は、請求の趣旨記載の各金銭の支払を求める。

第三、被告の答弁及び主張

一、請求の原因第一、二項の各事実を認める。

二、同第三項の事実は、次のとおり争うほか、これを認める。運輸大臣に対する賃上げ等の交渉申入及びその後の交渉は、組合をも含めた運輸省各職員組合によつて組織された全運輸省労働組合総連合(以下単に全運輸という。)との間に行われていたものである。

組合は、右交渉継続中に中央斗争委員会の名の下に、組合各支部に対し、同年三月九日「賃金値上げ等の目的のために斗争を行う」旨中斗指令第三号を、次いで同月一二日「三月一三日から一六日まで二割五分休暇斗争に突入せよ」との指令を発したのであつて、それは公務の正常な運営を妨げることを目的として、休暇を斗争の手段として使用すること即ち国家公務員法上許されない争議行為を為すことを指令したものである。

三、同第四、五項の各事実を認める。なお、原告等が本件資金等請求権を有するとした場合、その額が別紙(一)の「合計減額額」欄記載のとおりであることを認める。

四、被告の主張

原告等は、一般職に属する国家公務員であるが、以下に述べる理由により、本件賃金等の請求権を有しない。

(一)  前記当該事務所長又は工場長は、原告等の年次有給休暇の承認請求が、同時且つ多数に亘り、年度末につき工事計画その他を検討してみても、業務が繁忙のため、業務上これらすべてに承認を与えることができないので、業務の状況と休暇請求の理由の緩急軽重を比較検討し、(1)病気災害その他やむを得ない理由によるものはこれを承認し、(2)具体的理由のないもの又は理由薄弱のものは(イ)前記組合指令と関係がないと認めるものについては業務繁多という理由で、(ロ)その他のものについては組合の指令により休暇を国家公務員の服務規律に違反する違法な斗争の手段として使用するものと認め、休暇の本旨に反するという理由でいずれもこれを承認しないこととして、各請求について個別にその理由を質したところ、原告等の請求はいずれも上記(2)の(イ)又は(ロ)不承認基準に該当するものであつたから、別紙(二)の「休暇不承認理由」欄記載のとおりの理由により、原告等に対しそれぞれ同表の「休暇不承認を通知した日時」欄記載の日時に、同表「場所」欄記載の場所で休暇の不承認を通知した。

しかるに、原告等は、各請求期日(日時)に勤務場所に出勤しなかつたから、給与については一般職の職員の給与に関する法律第一五条の規定により、また夏期勤勉手当については同法第一九条の五、人事院規則九―七第一六条、昭和二九年一一月二二日給実甲第一〇〇号人事院事務総長通知「勤勉手当の支給基準」により、それぞれ原告等主張の金額を減額した。

(二)  一般職国家公務員の年次有給休暇の根拠

一般職国家公務員には労働基準法及びそれに基く命令の規定は適用されず、その年次有給休暇については、国家公務員法第一〇六条の規定に基き、人事院規則一五―六(休暇)同細則一五―六―一(休暇取扱細則)が制定実施されているのであるから、労働基準法及びこれに基く命令の規定を準用する余地もない(国家公務員法第一次改正法律附則第三条)。

そして、人事院規則一五―六第二項によれば「有給休暇とは、法令の規定に基き、職員がその所属する機関の長の承認を経て正規の勤務時間中に俸給の支給を受けて勤務しない期間をいう」のであるが、右にいう「法令」とは大正一一年閣令第六号(官庁執務時間並休暇ニ関スル件)を指すものである。すなわち、右閣令は昭和二二年法律第七二号(日本国憲法施行の際現に効力を有する命令の規定の効力等に関する法律)第一条の規定により同年一二月三一日まで法律と同一の効力を有するところ、さらに昭和二二年法律第一二一号(国家公務員法の規定が適用せられるまでの官吏の任免等に関する法律)により、官吏その他政府職員の服務に関する事項については従前の例によることとされたので、右閣令の規定及「従前の例」として昭和二三年以降もなお効力を存続するものというべく、上記人事院規則が右閣令の適用があることを前提としたものであることは、自ら明らかである。

従つて、一般職国家公務員の年次有給休暇は、大正一一年閣令第六号に則りその所属機関の長によつて、事務の繁閑を考慮して与えられるべきものであり、また手続上は人事院規則一五―六第四項によつて予め機関の長の承認を経なければ与えられないものであるから、その承認のない欠勤は無断欠勤というほかない。

第四、被告の主張に対する原告等の反論

一、被告は、人事院規則一五―六第二項に規定する「法令」を指して大正一一年閣令第六号であると主張するけれども、右閣令は、憲法第二七条第二項に違反して無効である。仮りに右閣令全部が無効でないとしても、同令第五項中年次有給休暇の日数を一年に二〇以内と規定した範囲内で有効であるにすぎない。

前掲人事院規則は国家公務員法第一〇六条の規定を受けて定められたものであるが、同法第一次改正法律附則第三条の規定によれば、右規則にいう「法令」とは労働基準法第三九条を指すものであること明白であつて、一般職国家公務員である原告らの年次有給休暇請求権は、上記の閣令ないし人事院規則の規定ではなく憲法第二七条第二項、労働基準法第三九条の規定にその根拠を置くものというべきである。

二、ところで、労働基準法上の年次有給休暇請求権の性質は、これを形成権と解すべきであるから、原告等の年次有給休暇請求は被告の承認を待つまでもなく休暇付与の効果を生じ、原告等の前記欠勤は、有給休暇として正当である。仮りに、その性質が使用者の承認を要する請求権だとしても、使用者は当該請求時期に休暇を付与することが「事業の正常な運営を妨げる場合」(同法第三九条第三項)に限り承認しないことができるのであつて、休暇請求が右の場合に該当せず、又は事前に不承認の旨の告知を欠く場合には、休暇請求につき承認があつたのと同視さるべきものである。本件の場合、被告は原告等の休暇請求を承認することによりその事業の正常な運営に支障を来す事実もなく、また、原告等に対し休暇不承認を告知した事実もない。

三、被告が休暇不承認の理由として主張するところは、それ自体労働基準法第三九条に則つたものでないから失当であり、そうでないとしても、休暇請求権の本旨からみてその承認又は不承認を決定するにつき休暇の利用目的等請求者の主観的事情を顧慮することは許されないし、また原告等の休暇請求日当時原告等の各勤務場所の業務が繁忙であつたとの事実も存しなかつた。

以上により、原告等は、各自の休暇日に対応する賃金並びに夏期勤勉手当の請求権を喪うものではない。

第五、証拠<省略>

理由

一、請求原因事実は、被告において運輸大臣に対する賃金値上等についての交渉が直接組合との間になされたこと及び組合が発した闘争指令の内容を争うほか、いずれも当事者間に争がない。

成立に争のない乙第二号証、証人松下司の証言により成立が認められる乙第一号証及び後記措信できない部分を除き証人樋口緑の証言によれば、組合は、昭和三一年二月末頃運輸大臣に対し賃金値上等の要求について交渉の申入れをなし運輸省当局と交渉を重ねていたが、右要求貫徹のため、同年三月九日全港建中央闘争委員会の名の下に傘下組合員に対し、「中央闘争本部を運輸省第四港湾建設局(以下四建という。)総支部管内におく。賃金一律二、〇〇〇円の値上げ及び組合活動の自由を守ることを目的として闘争を行う。」旨の中闘指令第三号を発し、次いで同月一一日中闘会議で傘下組合員の二割五分休暇闘争突入を決定し、同月一二日四建管内の全組合支部に対し、「三月一三日から一六日まで二割五分休暇等の闘争に突入せよ。」との指令を発した。そこで、原告等の勤務場所における各組合支部は、直ちに支部組合員の右四日間に亘る一日宛人員二割五分に当る休暇の割り当て表を作成し、この予定表に基き原告等が別紙(一)の「年月日」欄記載の日の前日頃(但し原告丸山守については、証人立木虎雄の証言及び同原告本人尋問の結果によれば、同年三月一六、七日頃)にそれぞれ所属機関の長である工事事務所長等に対して年次有給休暇の請求をしたものであることを認めることができる。証人樋口緑の証言のうち以上の認定に反する部分は採用できず、他に右認定を動かすに足りる証拠資料は存しない。

二、次に、成立に争のない乙第八号証、証人幸野弘道の証言により成立が認められる乙第九号証拠の一、二並びに証人尾崎重雄、石松正義、三重野官平、小川小太郎、別府鹿男、原田修、曽我十士正、定田宇吉、土橋宣夫、布施敞一郎、幸野弘道、立木虎雄、松下司、池田源八、岩間一男、福内大正、笠原宏の各証言を綜合すれば、次の事実が認められる。

原告等の所属する機関の長は、原告等の前示年次有給休暇の請求に対し、別紙(二)の「休暇不承認の理由」欄記載の理由でこれを不承認とし、その旨を同(二)の「休暇不承認を通知した日時」欄記載の日時頃に各対応欄記載の原告等に通知した。しかして、右不承認とするに至つた経緯は、次のとおりであつた。前述の休暇闘争に関する中央闘争委員会の指令に基き四建各支部では二割五分休暇の割り当て表を作成し、原告等は当該割り当て表に基いて、三月一三日から一六日までの四日間に亘つて各所属の機関の長に対し各所属の組合支部執行委員等を介して順次に年次有給休暇の請求を一括提出した。そのため右期間の有給休暇の請求人員は、当該職場従業員の二割五分以上に達し、通常の場合の請求人員数を遥かに越えた。それで前記各所属機関の長は、以上の事実を綜合し、なお、請求者個々の具体的請求理由を各本人に質して得た返答の内容をも併わせて検討した上、病気その他やむを得ない理由によると認めたものについてはこれを承認した。しかし、単に家事の都合というような漠然とした理由だけで他に首肯し得るに足る説明がなされなかつたものについては、後記下関港及び門司港工事事務所の場合を除き、組合の前示争議行為の手段に利用するためにしたものと判断し、かような目的に出た有給休暇の請求は有給休暇の制度の本旨に反するとして不承認とした。但し、下関港及び門司港工事事務所においては、別紙(二)の「休暇不承認の理由」欄に「業務の繁多」と記載された各対応欄の原告等の有給休暇の請求については、その請求理由につき首肯し得る説明がなされなかつたけれども、当該工事事務所長においてその当時は右請求が前述の組合指令に基く争議行為に利用することを目的としたものであることを確認できなかつたので、業務の繁忙を理由としてその請求を不承認にした。しかして、右両工事事務所を含めて、当時四建管内各工事事務所においては、恰も昭和三〇年度第四、四半期の終了直前にあたり、同年度内に完成すべき港の浚渫、埋立の作業及び警備艇基地、物揚場の築造工事等各所管工事が右四半期に集中していたため、長時間の残業を重ね、あるいは臨時人夫を雇入れて右工事の完成に懸命であり、業務はとくに繁忙を呈していた。

以上の認定に反する証人樋口緑の証言、及び原告田中弘巳、西木清一、丸山守、田中秀典、村上正、嘉悦孝、山下哲雄、木村一男、外山三郎、八木友春各本人尋問の結果は採用し難い。

三、ところで、一般職国家公務員の年次有給休暇の法的根拠について、原告等はこれを労働基準法第三九条であると主張し、被告はこれを人事院規則一五―六及び大正一一年閣令第六号であつて労働基準法を適用ないし準用する余地がないと争うが、この点について、当裁判所は次のように考える。

(一)  日本国憲法が施行される以前まで官吏その他政府職員(以下「職員」という。)の勤務条件のうち休暇に関しては、大正一一年閣令第六号(官庁執務時間並休暇ニ関スル件)を以て規律し、その第五項には、「本属長官ハ所属職員ニ対シ七月二一日カラ八月三一日迄ノ間ニ於テ、事務ノ繁閑ヲ計リ二〇日以内ノ休暇ヲ与フルコトヲ得但シ事務ノ都合ニヨリ当該期間内ニ於テ休暇ヲ与フルコトヲ得サル場合ニ於テハ他ノ期間ニ於テ之ヲ与フルコトヲ妨ケス」と定め、いわゆる賜暇休暇の制度が設けられていた。しかして、右閣令の規定内容は、憲法第七三条にいう官吏に関する事務を掌理する基準(国家公務員法第一条二項参照)に関するものであつて法律事項と解されるところ、昭和二二年法律第七二号(日本国憲法施行の際現に効力を有する命令の規定の効力等に関する法律)第一条の規定により、新憲法施行後も昭和二二年一二月三一日まで法律と同一の効力を有するものとされ、さらに昭和二二年法律第一二一号(国家公務員法の規定が適用せられるまでの官吏その他政府職員の任免等に関する法律)を以て、政府職員の服務に関する事項等については国家公務員法の規定が適用せられるまでの間従前の例によることとし、ただ法律又は人事院規則で別段の定めをした場合にはその定めによることとされ、次いで昭和二三年七月一日国家公務員法(昭和二二年法律第一二〇号)の規定が全面的に施行され職員の服務については同法の規定が適用されることとなつたが、政府職員の休暇に関しては同法及び同法に基く人事院規則に格別の定めがなされなかつたので、前記閣令の規定は、昭和二二年法律第一二一号にいう「従前の例」として昭和二三年以後もなおその効力を保有していたものと解される。この点につき原告等は右閣令は憲法第二七条第二項に反し無効であると主張するところ、憲法の右法条はすべての国民に健康で文化的な最低限度の生活を保障する同法第二五条の精神を労働者の立場からも裏づけるため、労働条件の最低基準は法律で定めることを要求した趣旨の規定と解されるけれども、有給休暇に関する前記閣令の規定内容は、上記昭和二二年法律第七二号及び第一二一号の規定によつて法律にその基礎を有することとなつたのであり、また、当時のわが国の社会経済事情や勤労条件の一般水準からみて右閣令の定める休暇制度が政府職員につき憲法の要請する最低限の人間的生活をも充足し得ない程に苛酷な労働条件を定めたものとも解し難いので、原告等の主張は採用できない。

(二)  ところが、その後昭和二三年一二月三日法律第二二二号(国家公務員法第一次改正法律)が施行され、前記国家公務員法の附則に第一六条を追加して労働基準法等並びにこれらに基いて発せられる命令は一般職国家公務員にはこれを適用しない旨を規定するとともに、右第一次改正法律附則第三条において、一般職国家公務員については「別に法律が制定実施されるまでの間国家公務員法の精神にてい触せず且つ同法に基く法律又は人事院規則で定められた事項に矛盾しない範囲内において」労働基準法等並びにこれらに基く命令の規定を準用するものとし、その場合に必要な事項は人事院規則で定める旨を規定した。

以上のような法律の制定経過に照すと、右第一次改正法律附則第三条の規定は、正に前掲昭和二二年法律第一二一号にいう「別段の定め」に該当するものというべく、従つて一般職国家公務員の勤務条件等についても前掲第一次改正法律施行の昭和二三年一二月三日から上記同法附則第三条の規定する範囲内で労働基準法が準用されることになつたものというべきである。

そこで、右附則にいう労働基準法準用の範囲内に同法第三九条の規定が含まれるかどうかについて考えてみるのに、(1)一般職国家公務員の年次休暇については、当時国家公務員法に基く法律も人事院規則も制定されていないこと(前出昭和二二年法律第一二一号は「同法に基く」法律とはいえない。)、(2)地方公務員の年次休暇について同条の規定の適用が当然には排除されていないこと(地方公務員法第五八条第三項参照)、(3)右附則にいう労働基準法の準用は「別に法律が制定実施されるまでの間」の経過的な措置にすぎず、一般職国家公務員の年次休暇について地方公務員と同様の取扱いをしても、職務遂行にさし当つて著しい支障を招くとも思われないこと等を考え合わせると、同条を国家公務員に準用することが「国家公務員法の精神にてい触」するものとは直ちに断じ難く、結局、右附則により準用される労働基準法のうちには、同法第三九条の規定も包含されるものと解するのが相当である。従つて、前記閣令第五項の規定は、右附則の施行により、昭和二三年一二月三日以後労働基準法の定めと矛盾しない限度において「従前の例」としての効力を存続するにとどまるものというべく、この点に関する被告の見解には同調できない(付言すれば、労働基準法の年次休暇制度と前記閣令のそれとは、前者が一般勤労者の最低労働基準を定めた権利保障的なものであるのに対し後者は旧憲法下の官吏服務紀律の精神を基調とする恩恵的なものとして、法的にあい容れない異質の性格のものであるから、労働基準法に定める年次休暇の権利性とてい触する限度において閣令第五項の適用は制約されるが、右限度を超えて付与される従前の恩恵的休暇については、なおその適用があるものというべきである。)。

(三)  しかるに、その後昭和二四年一二月一九日国家公務員法第一〇六条の規定に基き、職員の休暇に関する人事院規則一五―六が制定され、それによると「有給休暇とは、法令の規定に基き、職員がその所属する機関の長の承認を経て、正規の勤務時間内に俸給の支給を受けて勤務しない期間」をいい(第2項)、「休暇はあらかじめ機関の長の承認を経なければ与えられない」ものとし(第4項)、止むを得ない場合でも事後に承認を要する旨(第5項)を定めている。しかして、上記(二)に判示したところに従えば右規則第2項にいう「法令の規定」とは労働基準法第三九条を含み、右規則の規定は、一般職国家公務員の有給休暇については同条の準用を受ける性質の部分(以下「権利的部分」という。)をも含めてすべて所属機関の長の承認がなければ休暇付与の効力を生じないことを明らかにした趣旨のものと解せざるを得ない。

ところで、労働基準法第三九条の有給休暇請求権の性格については、休暇付与の効力を生ずるためには使用者の承諾を必要とするいわゆる請求権説、労働者の一方的行使によつてその効力を生ずるとするいわゆる形成権説、さらに使用者の時季変更権の留保のもとに労働者が休暇付与の効力を生ずる時季を指定する権限に外ならないとするいわゆる時季指定権説等判例学説上見解の区々に分れるところであつて、同条の解釈につき形成権説、時季指定権説をとる者の立場からすれば、前記人事院規則は、有給休暇の権利的部分について従来使用者の承認不要とされた点を改め、新たにこれを必要とするよう変更を加えたものと解されることになろう。しかし、仮にそうだとしても、従来有給休暇につき労働基準法の準用があるとされたのは「国家公務員法の精神にてい触せず、且つ、同法に基く……人事院規則で定められた事項に矛盾しない範囲内において」(前記国家公務員法第一次改正法律附則第三条)であつて、新たに人事院規則の定めをもつて右準用を廃し又は制限することは、その内容が憲法、国家公務員法の精神にてい触しない限り、もとより許されるところである。しかして、上記人事院規則は有給休暇はすべて承認を要するものとしてその手続を定めているが、その実体的基準については特に定めるところがないから、有給休暇(権利的部分)の承認義務、時季変更権等の実体的基準については、なお労働基準法第三九条の規整に服するものと解されるところ、一般職国家公務員の業務はその性質上正常な運営に支障を生ずれば公共の福祉に影響するところが大きいこと、右の観点から一般職国家公務員の労働関係については、他の成法上も一般労使関係と異なる特別の規整を受けていること、有給休暇付与の効力を使用者の承認にかからせたとしても、これを厳格な覊束裁量としその違反には刑事制裁を科する(労働基準法第一一九条第一号参照)等の裏付けがあれば労働者の保護に著しく欠けるものとは云い難く、有給休暇請求権をいわゆる請求権として構成するか、形成権その他として構成するかは主として立法政策上の問題と考えられること(現行労働基準法第三九条自体の解釈論としても、いわゆる請求権説が一部に有力に唱えられていることは、叙上の消息を物語るものとして留意に値する。)等に徴すれば、前記人事院規則をもつて憲法及び国家公務員法の精神に適合しないものと断ずることはできず、右規則が施行された昭和二四年一二月一九日以後一般職国家公務員の有給休暇は、右規則の定めるところに従い所属機関の長の承認をまつてはじめて休暇付与の効力を生ずることになつたものと云わなければならない。

(四)  ところで、原告等が、各有給休暇の請求日に当る日にそれぞれの勤務場所に出勤せず、その出勤しなかつたことについて被告の承認を得た事実がなく、却つて不承認告知を受けたことは前判示のとおりである。且つ当時における業務繁忙の前示客観的状況及び原告等が組合指令に基き一斉に行つた有給休暇請求の態様からみて、右請求を承認することは事業の正常な運営を妨げる結果を招くに至るものと認められるのであつて、所属機関の長において右請求を不承認とした理由が前示のとおり一部については「休暇の本旨に反する」との名目によりなされたものであるとしても、右事実をもつて有給休暇の承認があつたと同視し得べき事情とするには当らない。

四  以上の次第であるから、原告等の有給休暇請求は所属機関の長の承認を欠くことによりその効力を生じなかつたことに帰し、原告等は、それぞれの勤務場所に出勤しなかつた日に該当する別紙(一)の「カツト額」欄記載の給与及びこの給与があることを基礎とする同(一)の「夏期減額額」欄記載の昭和三一年度夏期勤勉手当の請求権を有しない。

よつて、原告等の本件各請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条第九三条第一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 橘喬 吉田良正 三枝信義)

(別紙省略)

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